
ブルーハーツ 初心に帰れライブ
ブルーハーツ LOFTでの初心に帰れライブ
1988 未来は僕等の手の中〜チェルノブイリ
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THE BLUE HAERTSについて
(下記はウィキペディアからの引用です)
1984年の同時期に、それぞれバンドを解散した甲本ヒロトと真島昌利はお互いの音楽性に意気投合し、真島の提案から1985年2月に二人を中心として「ザ・ブルーハーツ」を結成。同年、彼らのマネージャーであった河口純之助が前メンバーの替わりにベースとして参加し、翌年に梶原徹也が甲本に加入を懇願し、ドラムとして参加した。結成当初は渋谷のライブハウス(渋谷屋根裏)を拠点として多く活動していた。1987年2月にシングル「人にやさしく」を自主制作で発表。同年、メルダックよりメジャーデビューが決定し、1987年5月1日にメジャーデビューシングル「リンダリンダ」を発売、同月に1stアルバム『THE BLUE HEARTS』を発表した。口コミなどで、彼らの評判は若者を中心に全国的に知れ渡るようになり、第二次バンドブームの先駆けとなった。半年後に発売した2ndアルバム『YOUNG AND PRETTY』も好調、そして1988年に発表した3rdアルバム『TRAIN-TRAIN』が50万枚を超えるヒットとなり、ドラマの主題歌などにも起用されるなど一躍音楽界のトップシーンに登り詰めた。4thアルバム以降は初期との音楽制作方針の違いなどから、以前ほどの売れ行きは見せなくなった。その後も3枚アルバムを出したが、特に晩年はメンバーの宗教問題などもあってバンドとしての機能はしていなかった。1995年にラストアルバムを一枚出し、解散(詳細は後述)。しかし彼らの残した影響は強く、2000年代前半に起こった「青春パンク」ブームでブレイクしたバンドの多くがブルーハーツの影響を強く受けていることを公言(ただし、それらのバンドのメンバーは1980年前後に誕生した世代が多いため、リアルタイムで影響を受けていた者は少数である)。音楽界以外にも、彼らから影響を受けたと語る有名人は多数いる。
『THE BLUE HEARTS』から『TRAIN-TRAIN』までの前期三部作はパンクロックやブルースをルーツとしたメッセージ性の強い、独自の日本語ロックの世界を構築していたが、イーストウェスト移籍後からの後期作品は後のハイロウズに繋がる様々なスタイルを取り入れ、メッセージ性を無視した楽曲も多い。
代表曲は「リンダリンダ」、「TRAIN-TRAIN」、「情熱の薔薇」、「人にやさしく」など。また、真島の強烈なハスキーヴォイスによる「チェインギャング」などがある。コード進行は3、4コードを主としたシンプルなものが多いにも関わらず、オリジナリティ溢れる楽曲を多く作り上げた。バンド名は略して「ブルハ」と呼ばれることがある。




